定点観測:コラム|COLUMN

俊太郎とエントモの『山形じゃあにぃ2010』

新関俊太郎(右/ミサワクラス在住)と役野友美(左/花小路トランク在住)。ともに山形まなび館 MONO SCHOOLに勤務する。




『荒井良二の山形じゃあにぃ2010』が閉幕した。
13,309人という最終的な入館者数は、山形市の人口規模ではインパクト大。
また、MONOSCHOOLの前庭でおこなった荒井さんのライブペインティングや、
隣接する山形第一小学校の児童対象ワークショップ『しるしときおく』、
FOILの竹井正和さんを招いてのトーク『持ち込みナイト』など、
集客型のオプションイベントも内容が濃く、参加者の反応も上々。
どれも単体でも成立可能なほどクオリティーが高かった。

荒井良二さん。山形まなび館内に設置された舞台美術作品『あいのて』の部屋で。(撮影:アカオニデザイン)




東京や静岡、遠くは福岡からもたくさんのファンが会場に訪れた。
また、子ども連れの観客がこんなに多い展覧会も、そうはないはず。
荒井さんの故郷・山形への新しい旅とチャレンジを、
みんなが祝福しに集まっているような、そんなピースフルな雰囲気が、
最初から最後まで、オルガンの音色とともに館内に漂っていた。

荒井さん考案の「廊下ボーリング」で遊ぶこどもとスタッフ。(撮影:アカオニデザイン)




この幸福な旅(じゃあにぃ)の道行きに、僕は企画者としてとても満足している。
これはもちろん荒井良二さんのマジカルな魅力に寄るものだけども、
その超人的な発想力や、スピーディーかつタフな現地制作を、
たくさんの若いスタッフが全力で支えたからこそ、
良い意味で未分化で破天荒な『荒井良二の山形じゃあにぃ』が、
その絵具を輝きを保ったままの状態で、観客に届けられたのだと思う。

現地制作に取り組む荒井良二さん。(一服時)山形まなび館内の多目的室を改造したアトリエで。(撮影:アカオニデザイン)




きめ細やかな対応で、展示会場をいつも気持ちよく整えてくれたまなび館の萩原さん。
ポスターやWEBをデザインしてくれたアカオニデザインの小板橋さん。
映画化に向けた記録撮影に黙々と取り組んだYIDFFの黄木監督。
常に荒井さんのすぐ傍で制作をサポートしてくれたイラストレーターの犬飼さん。
子育てコミュニティーに働きかけ、地域の子どもたちのための
読み聞かせイベントの実施に尽力してくださった布施さん。
現場にいる時間は少なかったけど、予算管理から広報活動まで、
裏方としてプロジェクトの進行を粘り強くフォローしてくれた大学事務局の立花さん。

スタッフの証。『山形じゃあにぃ2010』のスタッフ缶バッチ。




これらの人々(+後で紹介する2名)を核にして、たくさんの山形市民が、
それぞれの立場・スタンスで『山形じゃあにぃ』を支えてくれた。
特に小板橋さん、黄木さん、萩原さん、そして僕は同世代。
みんな30代半ばで、それぞれが属する事務所や機関で責任とスタッフを抱え、
とにかく猛烈に忙しい時期だけど、
荒井さんのもとに結集したこのプロジェクトでは、
それぞれのポリシーや専門性を発揮させながら、気持ちよく協働することが出来た。

アカオニデザインの小板橋さんがが手がけたポスター。『山形じゃあにぃ2010』のWEBサイトもデザイン、コンテンツともに素晴らしい出来映えです。黄木監督による予告編動画も多数配信→http://www.yamagata-journey.com/




クリエイターが支えるクリエイション。

ここで生まれたコミュニティーや結束のありようは、
これからの東北のカルチャーシーンにとって有力なエンジンになるし、
文化発信の際のある種の「山形らしさ」・オリジナリティーにもつながってくるはず。


****


そして、Rコモンズのメンバーで、このプロジェクトに尽力してくれたのが、
新関俊太郎と役野友美。

新関俊太郎はミサワクラス在住。大学では金属工芸を学んだ。
実家は山形まなび館にほどちかい、老舗の漬物店。
学級長としてこれまでのミサワのプロジェクトでは中核的な役割を果たしてきた。
実はミサワクラスにも、僕から声をかけて入居してもらったのだ。

荒井さんをアテンドする俊太郎(右上)




俊太郎とはもう随分ながい付き合いで、
2006年に僕が企画した『西雅秋展―彫刻風土』を手伝ってもらったのが最初の出会い。
それから2007年の企画展『I’m here.―根の街へ』と、
2008年のソウルと山形のエクスチェンジプログラム『Myth in us/私たちの神話』に、
アーティストとして参加してもらってる。
(上記の展覧会はhttp://www.tuad.ac.jp/museum/archive/にアーカイヴしています)

大工仕事や金属加工に長けた俊太郎を、
試行錯誤が求められる設営現場で、僕は常に頼りにしてきた。
また地元・山形出身者として「この街を面白くしたい」という彼のモチベーションが、ミサワクラスの立ち上げや、今回の『山形じゃあにぃ』をはじめとする、
七日町エリアにおける様々なアートプロジェクトを、
現場レヴェルで可能にしてきたと言って過言ではない。

今、俊太郎は山形まなび館のスタッフとして、
館内にあるギャラリーの運営を行政から任されている。
『山形じゃあにぃ2010』では、まなび館側の担当者として、
搬入、設営、イベント、ワークョップ、撤収と、
僕の強力な片腕として、ほとんどの展示作業を仕切った。
僕らはこれまでいくつものアートの現場をともにつくりあげてきた。
パートナーとしてのつきあいは今後もしばらく続くだろう。

荒井さんのじゃあにぃの締めは、秋の山形恒例の芋煮会。東京からたくさんのゲストが河原でのピクニックを楽しんだ。このプロデュースも俊太郎。




そして、エントモこと役野友美。



俊太郎の後輩にあたる彼女は、芸工大を2年前に卒業後、
工芸コースの研究生、肘折プロジェクトスタッフを経て山形まなび館に勤務。
実家は寒河江の名刹・慈恩寺だが、俊太郎と同じく、
現在は家を出て花小路トランクで共同生活をおくっている。

2008年度の卒業制作展で、彼女は工芸コースの代表委員を務めていた。
けっして器用ではないけれど、そのひたむきな働きぶりが印象に残り、
昨年、内閣府からの補助金事業『肘折版現代湯治2009』の現地スタッフとして、
半年ちかく肘折温泉の現場を任せた。
地域の人々に受け入れられながら、ワークショップの運営や、
観光資源調査に奔走した彼女の6ヶ月は、
ウェブサイト『ひじおり旅の手帖』(http://hijiori.jp/tabi/)に結晶している。




『山形じゃあにぃ』でエントモは、ボランティアスタッフのまとめ役として、
展示会場の管理運営や受付対応を担当した。
それから公式ツイッターと、お母さんボランティアによる、
子どもたちへの〈読み聞かせイベント〉も彼女の仕事だった。

エントモとともにボランティアサポートの中核となった、東北芸術工科大学こども芸術大学のお母さんたち。『あいのて』の部屋で絵本の読み聞かせイベントを定期開催していただいた。




常に丁寧な〈聞き役〉にまわってしまうせいか、
まだまだ現場をコントロールする大胆さはないけれども、
今回のプロジェクトでいちばん成長したのは間違いなくエントモだろう。

美大出身者は、とかく「面白い仕事」ばかりをつまみ食いしたがるのが多いけれど、
最後に信頼されるのは、不器用でも場やヒトに誠実に伴走できる彼女のような存在だ。

『あいのて』の裏で母ボランティアとともにシフトを確認するエントモ。http://twitter.com/YAMA_JOURNEY




*****


僕は今月で36才になる。
2人とはひとまわり世代が上。

最近、新幹線のなかで読んだあるビジネス新書に、
「どんな仕事でも、3年でプロ、10年で本物になる」
「だからとにかく一つの仕事をつきつめるまで続けることが大切」と書いてあった。
ほんとうにそうだと思う。
(ん?、となると僕が〈本物〉になるための修行猶予は、あと2年しかない!あぁ)

僕が原美術館で、キュレーターの丁稚奉公をはじめたのは、
フランスから帰国した28才の頃。
俊太郎やエントモと同じような立場で、展覧会づくりの下働きをしていた。
当時は作家活動も忙しかったから、不安も大きく、経済的にも困窮していたけれど、
あるとき、美術館での設営現場で、尊敬していた世界的ギャラリストに、
「君も僕と同じ世界に入ったんだね。一緒に頑張っていこう」と声をかけられことで、
この道で生きていく気持ちが固まった。(以来、妻には苦労かけっぱなし)
その人も、現場で指示を出すだけでなく、若いスタッフと一緒になって、
設営作業にちゃんと汗をかく人だった。

2人もまだ大学を出たばかり。
ちかくで僕を見ているのだから判っていると思うけど、
アートの現場仕事はあと10年、いや20年…延々と続いていく。
一見、華々しいようで、気力も体力も使う、ガテン系な仕事だけど、
荒井良二さんの、絵具によごれた美しい手が生み出した、
あの10/16のライブペインティングのような感動的な光景!
全国から集まった350人の人々が、2時間の絵物語に注視したあの幸福な時間は、
確かに僕らが用意したものなんだぜ。


****


今後も、『荒井良二の山形じゃあにぃ』は隔年で開催していく。
次回のじゃあにぃは、来年の記録映画の上映を挟んで、
2012年に同じ山形まなび館で開催の予定。
それまでに、それぞれ現場で経験を積んで、再び荒井さんのもとで力を尽くそう。

学生なんて、2年でほとんど入れ替わってしまう。
だから今回、僕は山形じゃあにぃで学生スタッフに重要な仕事は担わせなかった。
これは俊太郎やエントモのように、この土地でずっと暮らしていくオトナたちが、
みんなでじっくり育んでいくプロジェクト。
荒井さんの絵の魔法で、大人たちがひとときの子どもに還る、タイムレスな旅!

ちゃっかり娘と荒井さんを引き合わせた。『山形じゃあにぃ』とともに子育てもこの街で楽しみたい。フォトグラファーの品田裕実さんからいただいた大切な写真。





でも運営サイドは、ちゃんと発見・成長できる旅(じゃあにぃ)じゃないとね。
次の次、2014年のじゃあにぃは、きっとこの2人が担っている、担ってほしいと思ってます。


宮本武典

page top

定点観測について

中心市街地にあらわれた「Rコモ
ンズ」を1人遠くから静かに見つめる人物がいる。Rコモンズという共同体がくりひろげる変化や成り行きを、夜空の星をながめるように見つめ、記録していきます。

宮本武典|観測者|東北芸術工科大学美術館大学センター・主任学芸員

キュレーター/東北芸術工科大学美術館大学センター講師・主任学芸員。いくつもの地域密着+復興アートプロジェクトを同時進行中。ミサワクラスとRコモンズの立ち上げ仕掛人。山形市在住&子育て中!