定点観測:コラム|COLUMN

チーズケーキの船団、荒井良二さん、林檎と珈琲



荒井良二さんが、
ミサワクラスの台所に、
世界各地に持ち歩いてきたスケッチを吊り下げた。

おそるおそる階段をあがってくる観客たちは、
ミサワ住人の淹れる美味しいコーヒー&チーズケーキとともに、
ページの隙間を漂う船旅へ。

小さくカットされたチーズケーキは、まるで小さな舟か、
くるくるまわる羅針盤か、
さまよう「→」の群れのようだったな。



いつまでたってもこの「体験」!は やめられない!
いつまでたっても正しい未熟者!
いつまでたっても正しい半端者!
転がり続けることが大事
そしてどこかにぶつかることが大事
すんなり転げたらつまらんだろ?

ARAI RYOJI





“海でもあり山でもありぼくは船で日常を漕ぐ”
http://www.yamagata-journey.com/slide/index.html

光景/Rコモンズの2011(まとめ)

3.11
coffee aid
三日間のお店:机と絵画
アンテナ!
花小路ボンジョルノ
私たちは語る言葉を持たない

日だまりに、いつも微睡んでいるようなミサワクラスだけど、
振り返ってみると、たくさんのこと起こり、変化した2011年。

もう時間は巻き戻せない。
キリキリキリ、ねじを巻き続けるんだ。

光景2012/02/18(私たちは語る言葉を持たない)

年頃の独身者に、結婚や就職や育児や住宅ローンなど、
「家長」や「母親」として生きることを、
若くして当然のように求められる、極めてローカルな社会において、
このようなトランジットな空間/時間が、
(悩みつつも)山形で3年以上も存在し得ていること。

Rコモンズは、建学20周年の美術大学を抱えた、
24万人の小都市・山形に、当然あるべき一種のインフラとして、
必然的に生み出されたスタイルなのかもしれない。

開け放たれた小さな部屋たちに充満する光に、
ふと、そんなことを思ったりした。

光景2012/02/12(Rコモンズの宿題)

オープンハウスまで、あと3日
ミサワクラスにパンとケーキを差し入れる。
たとえそれが片隅であれ、「世界」の流れをかえるには、
とてもエネルギーがいるのだ。

2011年師走のミサワクラス回覧板


2011年師走のメールをRコモンズの許可を得て転載。
( )内は観察者である僕・宮本武典の補足です。

+++++

差出人: 荒達彦(ミサワクラス入居者/芸工大建築・環境デザイン学科4年)
日時: 2011年12月25日 22:20:10JST
宛先: ミサワクラスメーリングリスト(入居者11名+馬場正尊+宮本武典)
件名: [misawakurasu2011:0447]

まずは12/25ミーティング報告

●(ミサワクラスの)共益費、家賃について
空室が出て(共有の)ミーティング・ルームを維持するのに一人あたりの負担が多くなり、共益費も賄えなくなりつつある。(※生活と制作空間を分けるために、今年はじめに1部屋を入居者で分割して借り受け、ミーティングスペースとしたが、上手く機能させられなかった)
・緊急の対応策→ミーティング・ルームの契約を3月までやめる。山形新聞の購読も一時的にやめる。(ミサワクラスにはテレビがないので、ネットと新聞が情報源なのだ)
・部屋が3つ埋まらないことを認めてもらい、現状では来年度の入居者も決まるかわからないことを伝え、来年度からどういう体制が望ましいかを(大家・三沢旅館の)三沢さんに提案していく。(家賃交渉は重要です。ミサワクラスの設立時よりも、周辺の家賃価格は下がっているし、リノベ時の投資金額もそろそろ回収終了するはず!)
・1月はじめに三沢さんに相談する会を設ける。(遠慮しないで交渉せよ!)



●2月オープンハウスについて
ミサワクラス(に入居中の)アーティストが展示をおこなう。アーティスト・トークやクロージング・パーティーなどの展開を考え中(人集まるかなぁ?何か仕掛けしないと無理だと思うよ)。DMと冊子を制作し、デザインは平野拓也(芸工大卒。アリヤマデザインストアで修行中)。松山隼望月梨絵、根本裕子、大槌秀樹千葉さやかが主宰。


(木村聡美の猫「もやし」もミサワの住人。抱いているのは根本。)

山形R不動産リミテッド×ミサワクラス
(現在、ミサワ1階の店舗用テナントの空き室を利用して、R不動産がイベントを企画中)
2012年1月8日[日]〜10[水]7日設営/11日撤収
内容:マーケット、作品販売、展示、コーヒー(まだかなりざっくりですね…)

コーヒーエイド(Rコモンズによる福興プロジェクト。活動小休止中)
・収支報告をすること。
・どういう終わらせ方が望ましいか?(僕としては続けてほしいけどな…)
・協力カフェへの対応どうするか?(ちゃんとお願いします)
・最後のコーヒー大学を、1/8〜10のイベントと併せておこなう。(賛成!)
・コーヒーの無料提供とカップの販売、活動のアーカイブ。(もう一工夫ほしい…)
・18:00以降に三日間それぞれイベントを行う
アンテナ!番外編:コーヒーエイド」(内輪ネタすぎないか?)
「アンテナ!番外編:楽建」(身内ネタすぎないか?)



※大掃除の話を忘れてしましました!みんなでしないと絶対やらない(笑)と思うので何とかしましょう。大掃除担当(どうやって決めているのか?)は松山さんなのでよろしくおねがいします。
※コーヒーエイドのこれまでの収支関係を整理したいと思います。俊太郎さん(ミサワクラス長 しばらく旅に出ている)連絡いただけると助かります!



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以下、メールを回覧した宮本からの返信。

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いいっすね! 共同体は「一緒にくらしているから共同体」なんじゃなくて、
一緒に価値観を共有し、何かをしているから共同体なんですよ。
永遠の未熟に留まってるんじゃなくて、どんどんシェアプロ化しましょう。

前回のアンテナ!で「シェアのプロ」のアドバンテージが見えた気がするんです。
ミサワクラスでの共同生活は、アフター3.11のヒントがたくさん詰まってる。
だから、家賃をめぐるサヴァイバルのこととか、大掃除のこととか、
生活空間と制作空間のせめぎ合いとか、シェアハウス内の恋愛(事情)とか…
入居者のアート作品のこととかより、そっちの話の方が全然リアルです。
で、そのリアルを逆転させるような、超えていくようなアートをつくらなきゃ駄目ってわけです。
この2年、プロジェクトとしての「ミサワクラス」に、
入居者個々人の(内省的な)「アート」が敗北し続けてきた…そんな気がする。

両者はスリリングな均衡を保っていなければならない。
そこから創造や批評が発生し、ミサワクラス設立の原点、
インキュベート(孵化器)としての機能が開かれていくのだと思う。

宮本武典 拝


(ひっぱりうどん)

〈Rコモンズ〉のソーシャル・シェア


山形市七日町。10年前に廃業した木造旅館・三沢旅館が、東北芸術工科大学で建築を専攻する大学院生とOBアーティストによって、シェアアパート『ミサワクラス』に生まれ変わったのは2年前の春である。『ミサワクラス』は建物の名称だけでなく、〈三沢〉旅館に〈暮らす〉プロジェクトであり、また大学外にある学外ゼミ的な〈クラス〉ルームでもある。
ミサワクラスは〈シェア〉をテーマに建築とアートが融合した一種のインスタレーションともいえる。個室の集合体であり、テンポラリーな滞在空間である〈旅館〉は、入居するアーティストに「作品としてのコミュニティーは可能か?」というチャレンジの契機を与えた。
彼らは年2回のオープン・ハウスを開催し、観客をアパート内に招待して、さまざまな〈シェア〉のアイデアやプロジェクトのドキュメントを見せる他、2009年10月には、『山形国際ドキュメンタリー映画祭』の海外プレス向けドミトリー(宿泊所)『アジアハウス』を、隣接する空きビルにオープンさせて注目を集めた。リノベーションはハード/ソフトの両面で、入居メンバーを入れ替えつつ、現在も継続中である。

ソーシャル・ネットワークの時代にいささかアナログすぎるミサワクラスの島宇宙。しかし、TwitterやFacebookの〈つながり〉が世界を席巻するなか、東北の地方都市の、小さなオフライン空間の実験的共有は、地域活性化/シェア/ハイブリッド/インキュベーション/ユニオン等々、いくつもの文脈で語られ、当人たちの予想をこえた有機的なブリッジを生んでいる。
2010年の春には、同じエリア内にある花小路の元ホテルビルに、ミサワクラス2号棟となるシェアハウス『花小路トランク』が誕生し、6名があらたに入居した。これで現在、七日町界隈で活動する東北芸術工科大学の学生・卒業生は合わせて18名。彼らは相互扶助的な関係を保ちながら、七日町に一種のクリエイターズ・ヴィレッジを形成しつつある。
また、同じエリアにある『山形市立第一小学校旧校舎』が耐震補強工事を経て、山形のものづくりを支援するデザインセンター『山形まなび館』としてリニューアルした。指定管理者に大学OBのデザイン事務所が採択され、ミサワクラスと花小路トランクから4名がスタッフに採用された。

彼らは施設内のギャラリーやワークショップの企画や、喫茶室『穀雨カフェ』の運営を任されており、2つのシェアハウスは山形まなび館を拠点に、体験講座や地元クラフト作家の展示、規格外野菜の販売、街中観光促進のためのアクションプラン提案など、地域に密着したさまざまな事業を展開している。

『Rコモンズ』は、このように七日町でコングロマリット化するクリエイター集団の関係図を可視化するウェブであると同時に、ミサワクラスからひろがったこのコミュニティーの包括的な名称でもある。〈R〉は創設期に彼らの活動をハード面からサポートした『東京R不動産/山形R不動産』からの引用であり、〈コモンズ(共有地)〉には、七日町エリアそのものをクリエイションためのフィールドとして〈シェア〉していく、という意味が込められている。
ウェブ版の『Rコモンズ』は、そんな彼らのライフスタイルが垣間見えるユニークなサイトだ。

「12人は『ミサワクラス(旧三沢旅館)』で、6人は『花小路トランク(旧ホテル穂積)』で、オーガニック&ジャンクなアートライフを満喫中。ハタケチガイの果物を、ざくざく刻んでお鍋に入れて、グツグツとろとろと煮込んでいくような山形発のアート・ジャムは、若気の至りの蜜月でしょうか?いやいや、これが意外に硬派なバナキュリズム。『Rコモンズ』では、そんな彼らの暮らしぶりを、随時公開していきます。」(Rコモンズ)

共同キッチンの隅にあるギャラリーで、メンバーが順番に個展を開催する『三角コーナー』(入居者以外はウェブで遠隔鑑賞)、主に農業分野へのデザイン受注によって家賃収入を賄う『家賃0円計画』などのコンテンツは、地方都市に暮らすクリエイターたちのサヴァイバルが軽やかに表現されている。

2010年に『NIPPON ARTNEXT』(後藤繁雄+宮本武典プロデュース)に出展した作品『外苑ピクニック』は、ミサワクラスのキッチンテーブルをそのまま東京に移設し、山形県産の野菜を使った定番カレーを全員で調理し、オープニングに自分たちだけで食べて楽しむというものだった。その後、Rコモンズの展示室は、在東京の山形出身者コミュニティーなどに〈寄合〉場所として提供された。
山形はアートマーケットなど存在しないに等しい。だからといって、彼らは東京の〈規格〉に合わせることはしない。ミサワクラスの成立の契機は、そもそも不景気による家賃の下落にあり、Rコモンズは、地方都市の〈貧しさ〉は街に介入し、都市そのものをリサイクルするチャンスであることを知っている。徹底した〈シェア〉スタイルにより、物質的な豊かさよりもヘルシーな共有関係を選んだRコモンズ。ニヒリズムよりも諧謔的であろうとする態度に、よい意味で世代の断層を感じる。この小さな変革に注視していきたい。

宮本武典(東北芸術工科大学美術館大学センター主任学芸員)
※2010年度発行『Annual Report 〈制作ノート〉』から転載

オープンハウス_点景(2011/2/13)

ミサワクラスのオープンハウス(2011年2月12日→13日)


▶黒田良太の部屋
春からは東京R不動産。
都市のVOIDへの嗅覚はさらに研ぎすまされる。



▶キッチンの熊
マタギの里・小国町からミサワクラスに居着いた小熊(の剥製)。
名前は付けてもらえてる?



▶窓辺
なぜいま、親鸞なのか。
キャンドルは手づくり。



▶カップ
個性的な住人たちと同じ。



▶川上謙の部屋
舟越桂展ポスターは立花文穂さんのデザイン。



▶荒達彦の机
古風な製図板を使ってる。



▶荒達彦の靴
靴はその人に似る。
針金の「S」がタイポグラフィーのよう。



▶愛の絵のピンナップ
荒の部屋で見つけた。
彼のガールフレンドが描いた、
フェミニンな『重い手』(鶴岡政男)。



▶髙橋左門のテント
春からミサワクラスの客人になる旅人・左門。
一足はやくキャンプを張った。



▶浜辺のような
左門が旅先で集めてきた品々。
彼が佇んでいると、街は浜辺であり砂漠であるように思える。



▶新関俊太郎の部屋
イメージのなかで波に乗り続けている。



▶Rのラグ
すっかりRコモンズの顔(旗)になった、みんなで編んだラグ。
実はこのウェブサイトのトップページと同じデザイン。



▶黒板の壁
書かれているコトバの50%は実現させてほしいな。



▶チョーク入れ
会津でもらった漆の碗。
そういえば、黒田の部屋のランプシェードもこれだった。



▶2台の冷蔵庫
黒板塗料が全面に…
確かに、ここの中身については連絡事項が多そうだ。



▶神棚(?)
根本裕子の陶作品が鎮座。
このシリーズは確か『堕落の王』という名前。
ふさわしい台座。



▶キッチンテーブルの上に、黒宮亮介の作品
これ、木彫です。
アートを食べる、ということ?



▶地蔵または寄代
階段にぽつねんと置いてあった黒宮亮介の木彫。



▶石川直樹さんと黒宮亮介
これは卒展の会場風景。
石川さんは古木の香りに反応していた。



▶階段
どんな未来がまっているのか。

Rコモンズのお蔵出し

『Rコモンズ』メンバーが入居する2つのシェアハウス、

ミサワクラス花小路トランクのオープンハウスが、

東北芸術工科大学卒業・修了研究/制作展の開催期間中に実施されます。
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『OPEN HOUSE TOUR 2011=Re:PLAY』
2011年2月12日[土]→2月13日[日] 10:00-12:00 / 14:00-16:00
ブログ[PLAY]でも告知してます。
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これがそのDM。じゃぽんデザイン事務所の吉田勝信がデザイン。
2つの建物をメンバーによる解説付きで〈内見〉する、
ツアー形式の物件紹介展覧会(?)になりそう。

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去年も卒展にあわせて、ミサワクラスの隣ビルで、
メンバーによるグループショー『I’m here. APT』を開催した。
(すごく昔のことのように思える…)
その後、『花小路トランク』が誕生し、個性的な新メンバーを迎え、
ある種の〈インキュベート施設〉として稼動しはじめたコミュニティー『Rコモンズ』。
学生たちの4年間の集大成である『卒展』と同時開催なので、
終わりなき創造の旅路をつづけるOBたちの奇妙な共同生活、
生活感がムンムンと漂う〈創造の現場〉まで、
みなさん、ぜひとも足をのばしてほしいです。

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今回の仕掛人は、建築・環境デザイン学科修士2年の黒田良太と川上謙。
黒田は学生ながら馬場正尊さんと『山形R不動産リミテッド』を立ち上げ、
春からは山形を離れて『東京R不動産』でよりリアルなプロジェクトに飛び込んでいく。
川上謙は竹内昌義さん(みかんぐみ)の研究室で最前線の建築を学んだ。
音楽を媒介にした(非建築的な)コミュニケーション実験を続けてきたユニークな存在。
ともにミサワクラスを『三沢旅館』の状態からセルフリノベートしてきた創設メンバーだ。

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4月にミサワクラスから転居する2人。
ミサワのキッチンにあるギャラリー『三角コーナー』の、
拡大企画として開催する『OPEN HOUSE TOUR 2011=Re:PLAY』は、
黒田と川上にとって、ミサワクラスに暮らしつつ構築した建築観をプレゼンする機会であるとともに、
地方都市・山形で建築を学んだ6年間の意味を、彼らなりに総括する試みになりそう。

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そうそう、『花小路トランク』ではRコモンズに活動に賛同してくれる、
(芸工大生・卒業生限定なのかな? 山大生も歓迎だと思う)
この物件ツアーは、黒田と川上の大きな穴を埋める新メンバーとの、
運命的な出会いを求める〈お見合いツアー〉でもあるのです。
部屋というより、そこに暮らす人やライフスタイルとのマッチングが重要。
2月12日と13日。みなさんのお越しをお待ちしています。

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この他にも、『山形まなび館 MONO SCHOOL』では、根本裕子の個展も開催される。
じゃぽんデザイン事務所がプロデュースする同館内の『穀雨カフェ』でも、
根本のキテレツな陶器との楽しいコラボレート企画があるらしい。
DM画像、UPします。会期:会場:イベントは画像で確認ください。
あと、もう展示は終わってしまったけど、
山形美術館の『生まれるイメージ2010』(12月7日~2011年1月30日)に選出された、
同じくミサワクラス在住のペインター・松山隼の絵画もよかった。
描かれていたのは彼のシェアメイトたちのおおらかな姿態。
自分にとってもっとも重要なモチーフに向き合っている肉薄感が、
いくつかの作品からは感じられた。
このシリーズ、もっともっと観たいと思う。
(会場では写真が撮れなかったので、カタログから失礼)
プロジェクト型のアートワークが『Rコモンズ』としての主な活動だけれども、
根本や松山のように、共同制作とは別ベクトルで、
グニャグニャした共同生活のなかで沈思黙考、時には悩み苦しみつつ、
ゆっくりと静かに、個人的な世界を熟成している者もいる。

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『OPEN HOUSE TOUR 2011=Re:PLAY』では、
そんな私的な創造の営みも、各々の部屋から引っ張りだして廊下や階段にレイアウトするそうだ。

宮本武典(東北芸術工科大学講師・主任学芸員)

コミュニティーの再起動



このところ、Rコモンズのメディア露出がすごい。
新聞や雑誌で、大きな紙面で紹介していただいている。

・2010.11.29. 山形新聞夕刊 『山形発“芸術版”の「トキワ荘」』
・2010.12.04. 山形新聞夕刊 『アート住む 共同生活 山形 芸工大生のシェアアパート訪問』
・朝日新聞大館支局、同社山形支局、読売新聞山形支局(←年明けに3紙に順次掲載)
・月刊『ブレーン』2010年2月号 連載コーナー「地域のクリエイティブ」

「山形発”芸術版”のトキワ荘」(山形新聞)の記事が呼び水になったと僕なりに分析。
不景気が続く師走の地方都市で、彼らのシェア・スタイルは、
相互扶助の精神が生きていた時代への、ある種のノスタルジーとつながっているのか。

****

Rコモンズの活動は、予想外のリンクをみせることがある。

2009年に山形国際ドキュメンタリー映画祭と共同設立した仮設ドミトリー『アジアハウス』で、
僕はYIDFF東京事務所コーディネーターの藤岡朝子さんと、
連続レクチャー『再生のスタンス』を地下のスタジオで企画した。



http://www.tuad.ac.jp/museum/archive/0910_misawaAsia/index.html

スーザン・モーグル氏、北川フラム氏、アマン・カンワル氏、
赤坂憲雄氏、キドラット・タヒミック氏など、
日替わりでゲストを迎え〈再生〉をテーマに、濃密なディスカッションを繰り広げた。

アメリカにおけるフェミズム闘争史、ミャンマーの民主化闘争、
ポストコロニアルのアイデンティティーの揺らぎ、周縁化され続けた山村集落の現実…
素晴らしい学びの夜だった。



反面、僕自身にしみ込んでいる、いわいるコンテンポラリーなアートやデザインで飛び交う言語体系が、

この時ほど、堪え難いほどに軽薄に、感じられたことはなかった。
(裏を返せば、この国のアートやデザインはマーケットに構造的に支配されすぎているということだ)

****

この6夜連続のトークに毎回参加し、熱心にメモをとっている男性がいた。
最後の夜に声をかけると、彼は労働者の権利を保護する団体(=れんごうユニオン)の職員で、
ミサワクラスの〈共同生活・活動スタイル〉に関心を持っていたという。
また、幾人かの海外の映画監督から、フランスの『スクワット』(不法占拠運動)や、
60~70年代の全共闘時代の、アングラカルチャーとの類異性を指摘されたりもした。

「えっ? ここ(アジアハウス)ってスクワットじゃないの?大学の企画だって?」
「なんだ、リアルにスクワットだったらすごく面白かったのに。僕が映画化したよ!」
「このホコリっぽい感じ。懐かしいね。70年代のロスを思い出すよ。」



****

閉塞感のある社会、空洞化する街と、
その〈現実〉に対して受動的であるだけでなく、
なんとかしようともがく若者たち。

彼らの将来は、地域社会の未来と同様に先行き不透明だが、
かといって、手をこまねいて衰退を待つわけにはいかない。
また、ホームタウンを離れてフリーターとして都会に出ることは、
20代前半までに構築したセーフティーネットをひとつ、自ら切り離してしまうことになる。
そのリスクを冒してまで働きに出る〈都市〉は、
これまでと同じような豊かさを享受してくれるのだろうか?

アジアハウス地下でおこなわれた、越後妻有アートトリエンナーレのディレクター
北川フラムさんのレクチャー、『インターローカルな芸術祭が社会に与えるインパクトについて』は、
「アートによる地域再生は、最後に残された闘争の〈現場〉である」という、
一種のアジテーションのようにも聞こえた。
(WEB記録=http://www.tuad.ac.jp/museum/archive/0910_misawaAsia/page3.html

もちろんRコモンズに政治的なポリシーがあるわけではないし、
かつての〈闘争の時代〉とは異なり、コミュニティーは小さいけれども、
地方の現実は、彼らに「生活し続けること=表現し続けること」の切実な動機を与えている。

山形市におけるミサワクラスからRコモンズまでの展開は、
100%自覚的ではないにせよ、そういう文脈で読み解いていくと、
新聞でいえば、文化欄よりも社会欄のほうがしっくりくる。
だからこそ地方支局で奮闘する、若い新聞記者たちの共感を得たのだろう。

****

それだけに、プロジェクトが担ってしまった責任は大きい。
と同時に、〈この街の現実〉を〈自分の現実〉として共有できない者は、
Rコモンズを早晩、卒業していくしかない。

ここまで地域に浸透したプロジェクトは、立ち上げよりも継続の方が難しい。
継続のためのエネルギーにこそ、各人の〈動機〉が表面化する。
ミサワクラスからはじまったプロジェクトも3年目。
立ち上げ期を支えた建築系院生たちは、この春で全員、就職でミサワクラスを巣立っていく。

2011年の春からスタートする第3期に、
このプロジェクトの真価が問われていくのだと思う。

宮本武典

俊太郎とエントモの『山形じゃあにぃ2010』

新関俊太郎(右/ミサワクラス在住)と役野友美(左/花小路トランク在住)。ともに山形まなび館 MONO SCHOOLに勤務する。




『荒井良二の山形じゃあにぃ2010』が閉幕した。
13,309人という最終的な入館者数は、山形市の人口規模ではインパクト大。
また、MONOSCHOOLの前庭でおこなった荒井さんのライブペインティングや、
隣接する山形第一小学校の児童対象ワークショップ『しるしときおく』、
FOILの竹井正和さんを招いてのトーク『持ち込みナイト』など、
集客型のオプションイベントも内容が濃く、参加者の反応も上々。
どれも単体でも成立可能なほどクオリティーが高かった。

荒井良二さん。山形まなび館内に設置された舞台美術作品『あいのて』の部屋で。(撮影:アカオニデザイン)




東京や静岡、遠くは福岡からもたくさんのファンが会場に訪れた。
また、子ども連れの観客がこんなに多い展覧会も、そうはないはず。
荒井さんの故郷・山形への新しい旅とチャレンジを、
みんなが祝福しに集まっているような、そんなピースフルな雰囲気が、
最初から最後まで、オルガンの音色とともに館内に漂っていた。

荒井さん考案の「廊下ボーリング」で遊ぶこどもとスタッフ。(撮影:アカオニデザイン)




この幸福な旅(じゃあにぃ)の道行きに、僕は企画者としてとても満足している。
これはもちろん荒井良二さんのマジカルな魅力に寄るものだけども、
その超人的な発想力や、スピーディーかつタフな現地制作を、
たくさんの若いスタッフが全力で支えたからこそ、
良い意味で未分化で破天荒な『荒井良二の山形じゃあにぃ』が、
その絵具を輝きを保ったままの状態で、観客に届けられたのだと思う。

現地制作に取り組む荒井良二さん。(一服時)山形まなび館内の多目的室を改造したアトリエで。(撮影:アカオニデザイン)




きめ細やかな対応で、展示会場をいつも気持ちよく整えてくれたまなび館の萩原さん。
ポスターやWEBをデザインしてくれたアカオニデザインの小板橋さん。
映画化に向けた記録撮影に黙々と取り組んだYIDFFの黄木監督。
常に荒井さんのすぐ傍で制作をサポートしてくれたイラストレーターの犬飼さん。
子育てコミュニティーに働きかけ、地域の子どもたちのための
読み聞かせイベントの実施に尽力してくださった布施さん。
現場にいる時間は少なかったけど、予算管理から広報活動まで、
裏方としてプロジェクトの進行を粘り強くフォローしてくれた大学事務局の立花さん。

スタッフの証。『山形じゃあにぃ2010』のスタッフ缶バッチ。




これらの人々(+後で紹介する2名)を核にして、たくさんの山形市民が、
それぞれの立場・スタンスで『山形じゃあにぃ』を支えてくれた。
特に小板橋さん、黄木さん、萩原さん、そして僕は同世代。
みんな30代半ばで、それぞれが属する事務所や機関で責任とスタッフを抱え、
とにかく猛烈に忙しい時期だけど、
荒井さんのもとに結集したこのプロジェクトでは、
それぞれのポリシーや専門性を発揮させながら、気持ちよく協働することが出来た。

アカオニデザインの小板橋さんがが手がけたポスター。『山形じゃあにぃ2010』のWEBサイトもデザイン、コンテンツともに素晴らしい出来映えです。黄木監督による予告編動画も多数配信→http://www.yamagata-journey.com/




クリエイターが支えるクリエイション。

ここで生まれたコミュニティーや結束のありようは、
これからの東北のカルチャーシーンにとって有力なエンジンになるし、
文化発信の際のある種の「山形らしさ」・オリジナリティーにもつながってくるはず。


****


そして、Rコモンズのメンバーで、このプロジェクトに尽力してくれたのが、
新関俊太郎と役野友美。

新関俊太郎はミサワクラス在住。大学では金属工芸を学んだ。
実家は山形まなび館にほどちかい、老舗の漬物店。
学級長としてこれまでのミサワのプロジェクトでは中核的な役割を果たしてきた。
実はミサワクラスにも、僕から声をかけて入居してもらったのだ。

荒井さんをアテンドする俊太郎(右上)




俊太郎とはもう随分ながい付き合いで、
2006年に僕が企画した『西雅秋展―彫刻風土』を手伝ってもらったのが最初の出会い。
それから2007年の企画展『I’m here.―根の街へ』と、
2008年のソウルと山形のエクスチェンジプログラム『Myth in us/私たちの神話』に、
アーティストとして参加してもらってる。
(上記の展覧会はhttp://www.tuad.ac.jp/museum/archive/にアーカイヴしています)

大工仕事や金属加工に長けた俊太郎を、
試行錯誤が求められる設営現場で、僕は常に頼りにしてきた。
また地元・山形出身者として「この街を面白くしたい」という彼のモチベーションが、ミサワクラスの立ち上げや、今回の『山形じゃあにぃ』をはじめとする、
七日町エリアにおける様々なアートプロジェクトを、
現場レヴェルで可能にしてきたと言って過言ではない。

今、俊太郎は山形まなび館のスタッフとして、
館内にあるギャラリーの運営を行政から任されている。
『山形じゃあにぃ2010』では、まなび館側の担当者として、
搬入、設営、イベント、ワークョップ、撤収と、
僕の強力な片腕として、ほとんどの展示作業を仕切った。
僕らはこれまでいくつものアートの現場をともにつくりあげてきた。
パートナーとしてのつきあいは今後もしばらく続くだろう。

荒井さんのじゃあにぃの締めは、秋の山形恒例の芋煮会。東京からたくさんのゲストが河原でのピクニックを楽しんだ。このプロデュースも俊太郎。




そして、エントモこと役野友美。



俊太郎の後輩にあたる彼女は、芸工大を2年前に卒業後、
工芸コースの研究生、肘折プロジェクトスタッフを経て山形まなび館に勤務。
実家は寒河江の名刹・慈恩寺だが、俊太郎と同じく、
現在は家を出て花小路トランクで共同生活をおくっている。

2008年度の卒業制作展で、彼女は工芸コースの代表委員を務めていた。
けっして器用ではないけれど、そのひたむきな働きぶりが印象に残り、
昨年、内閣府からの補助金事業『肘折版現代湯治2009』の現地スタッフとして、
半年ちかく肘折温泉の現場を任せた。
地域の人々に受け入れられながら、ワークショップの運営や、
観光資源調査に奔走した彼女の6ヶ月は、
ウェブサイト『ひじおり旅の手帖』(http://hijiori.jp/tabi/)に結晶している。




『山形じゃあにぃ』でエントモは、ボランティアスタッフのまとめ役として、
展示会場の管理運営や受付対応を担当した。
それから公式ツイッターと、お母さんボランティアによる、
子どもたちへの〈読み聞かせイベント〉も彼女の仕事だった。

エントモとともにボランティアサポートの中核となった、東北芸術工科大学こども芸術大学のお母さんたち。『あいのて』の部屋で絵本の読み聞かせイベントを定期開催していただいた。




常に丁寧な〈聞き役〉にまわってしまうせいか、
まだまだ現場をコントロールする大胆さはないけれども、
今回のプロジェクトでいちばん成長したのは間違いなくエントモだろう。

美大出身者は、とかく「面白い仕事」ばかりをつまみ食いしたがるのが多いけれど、
最後に信頼されるのは、不器用でも場やヒトに誠実に伴走できる彼女のような存在だ。

『あいのて』の裏で母ボランティアとともにシフトを確認するエントモ。http://twitter.com/YAMA_JOURNEY




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僕は今月で36才になる。
2人とはひとまわり世代が上。

最近、新幹線のなかで読んだあるビジネス新書に、
「どんな仕事でも、3年でプロ、10年で本物になる」
「だからとにかく一つの仕事をつきつめるまで続けることが大切」と書いてあった。
ほんとうにそうだと思う。
(ん?、となると僕が〈本物〉になるための修行猶予は、あと2年しかない!あぁ)

僕が原美術館で、キュレーターの丁稚奉公をはじめたのは、
フランスから帰国した28才の頃。
俊太郎やエントモと同じような立場で、展覧会づくりの下働きをしていた。
当時は作家活動も忙しかったから、不安も大きく、経済的にも困窮していたけれど、
あるとき、美術館での設営現場で、尊敬していた世界的ギャラリストに、
「君も僕と同じ世界に入ったんだね。一緒に頑張っていこう」と声をかけられことで、
この道で生きていく気持ちが固まった。(以来、妻には苦労かけっぱなし)
その人も、現場で指示を出すだけでなく、若いスタッフと一緒になって、
設営作業にちゃんと汗をかく人だった。

2人もまだ大学を出たばかり。
ちかくで僕を見ているのだから判っていると思うけど、
アートの現場仕事はあと10年、いや20年…延々と続いていく。
一見、華々しいようで、気力も体力も使う、ガテン系な仕事だけど、
荒井良二さんの、絵具によごれた美しい手が生み出した、
あの10/16のライブペインティングのような感動的な光景!
全国から集まった350人の人々が、2時間の絵物語に注視したあの幸福な時間は、
確かに僕らが用意したものなんだぜ。


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今後も、『荒井良二の山形じゃあにぃ』は隔年で開催していく。
次回のじゃあにぃは、来年の記録映画の上映を挟んで、
2012年に同じ山形まなび館で開催の予定。
それまでに、それぞれ現場で経験を積んで、再び荒井さんのもとで力を尽くそう。

学生なんて、2年でほとんど入れ替わってしまう。
だから今回、僕は山形じゃあにぃで学生スタッフに重要な仕事は担わせなかった。
これは俊太郎やエントモのように、この土地でずっと暮らしていくオトナたちが、
みんなでじっくり育んでいくプロジェクト。
荒井さんの絵の魔法で、大人たちがひとときの子どもに還る、タイムレスな旅!

ちゃっかり娘と荒井さんを引き合わせた。『山形じゃあにぃ』とともに子育てもこの街で楽しみたい。フォトグラファーの品田裕実さんからいただいた大切な写真。





でも運営サイドは、ちゃんと発見・成長できる旅(じゃあにぃ)じゃないとね。
次の次、2014年のじゃあにぃは、きっとこの2人が担っている、担ってほしいと思ってます。


宮本武典

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定点観測について

中心市街地にあらわれた「Rコモ
ンズ」を1人遠くから静かに見つめる人物がいる。Rコモンズという共同体がくりひろげる変化や成り行きを、夜空の星をながめるように見つめ、記録していきます。

宮本武典|観測者|東北芸術工科大学美術館大学センター・主任学芸員

キュレーター/東北芸術工科大学美術館大学センター講師・主任学芸員。いくつもの地域密着+復興アートプロジェクトを同時進行中。ミサワクラスとRコモンズの立ち上げ仕掛人。山形市在住&子育て中!